アレが心配、これも心配、自分のことに、家庭のことに、社会のいろんなニュースにあれこれ心配、大心配。 能天気な日常の欝と貧乏まっしぐらの生活ぶりを話していこうと思います。
寅ばあさん、馬ばあさん
2008年07月02日 (水) | 編集 |
母親は私の中でかなりの高位置でトラウマになっています

子供のころ、大好きと頼った記憶がありません。

姉妹がいて、私は長女でした。

妹は19で病死

母はその妹がお気に入りで

妹の死まで私はただの先に生まれた子としか存在がありませんでした

ただ長女としての軋轢に押さえつけられて禁欲的に子供時代を過ごしました

父親を早くに亡くしたので、家族の団欒もよくわかりません

夜9時からのテレビのロードショー見てるだけで感情的に叱られて

いつまで起きてるの!と罵声をあびせられテレビを消され

家も学校も楽しくない子供時代でした


母親は全部自分の支配下におきたいらしく、

私に選択権はあまりなかったようです。

隠しておいた日記も読まれ、これを境に自分のことを記録することはやめました


何か決めようとするときに、私が意見にそぐわない結論を出したりすると、

それで何かあってもお母さんは知らんから自分で責任とりという脅し言葉で責め立てました

もし、失敗したらどうしよう・・・・

そんなことを言われたら恐ろしくて踏み出せません

子供にとって責任を取るってすごく恐ろしいことのようでした

何かにつけてそういう態度でした


おかげで私は未だになにかあったら どうしよう・・・・が先にたち

1歩が踏み出せません


今も時々電話して野菜や米を送ってくれます

ありがたいことです

でも母親と話すとその後必ず凹みます

してやった、してやっている、お礼を言え・・・・・・

そのあと延々と夫婦仲良くと説くのです

細木数子のパチモンに説教されてる見たいですごく気分が悪くなります


私の引き気味の性格、後ろ向きの性格を作ったのは紛れもなく母親です


私なら、応援するからできるとこまでやってごらんと子供を応援するし、

何があってもあんたらが正しいならお母さんは守ってあげるから

私はそういって子供に諭します(どこまで理解してるかは不明)


母親は大事にせなあかんとわかってるけど、どうしても超えられない深い河があるようです

わたしの根本を流れる川の寅さん馬さんの話でした